四万十川の不思議な話①君が渕の悲恋物語

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四万十川には不思議な話がいっぱいあるのかも・・?

ワクワクしますね。

これだけ自然豊かな四万十川ですから、不思議な話がゴロゴロ眠っているのではないかと思い、探ってみました。

悲しい男女の物語を見つけたのでご紹介します。

何百年たっても色恋物にはそそられてしまいます。

四万十川を代表する大岩に残る悲恋物語

四万十川中流域にある四万十市西土佐の君が渕

大きな岩がそそり立ち、下の渕は四万十川一深いとかなんとか言われています。

その岩を登るとなにやらがあり、先には行けないようにロープが張ってあります。

近くにある看板には悲しい物語がつづられています。

その話と少し異なる話も見つけましたので、2つの話を紹介します。

立て看板の物語

壇ノ浦の戦いに敗れ、源氏の追討を逃れた平家の落人の一行が、の意ねじりの奥に落ち着いた。

その中の一若武者が、江川の里に下りて百姓となって暮らすうち、地の美貌の娘お君と深い仲となったが、階級の厳しい時代のため結ばれるすべもなく、前途をはかなんだ二人は暗夜この断崖に立った。

お君は若武者の投じた石の水音を聞き、遅れてならじと投身し可憐な恋の花は一瞬に散った。

その後、お君の怨念に悩まされる里人は、小祠を建て亡霊を慰めた。

君が淵の絶景と悲恋物語りを生んだこの地は四季折々里人の行楽の場となっている。

西土佐村教育委員会 西土佐文化財保護審議会

お君さんのかわいそうなこと…

若武者はどうなったのか?!と気になりますよね。

怨念が残ったとしか書いていませんが、地元住民に聞くと少し話が追加されました

地元民
地元民

若武者はね、死にたくなかったがよ。

死にたくないけど、ここまでくるとどうしようもない!

近くに落ちてた石を蹴って飛び込んだと思わせたわけ。

一人で死んだお君さんの怨念があるのはそういうことなが。

最低な男よね~

怨念が強いからと地元の人たちが祠を建てて、やっと収まったらしい。

若武者はお君さんに呪い殺されたのかもね~

こわいっ!!!怖すぎる。

あまりにもひどい話なので看板には書けなかったのでしょうか?

住民の間で語られているのはこの話が中心でした。

平家落人とお君の悲恋物語

2つ目の物語は、より詳細に語られています

西土佐村史より抜粋してお届けします。

壇ノ浦の激戦に敗れた平軍の若武者平幸太郎は落武者となり従者数名と敗将の奥方うば御前を守りながら、長い旅路の末、四万十沿いにたどり着いた。

たどり着いたのは寿永3年の秋のこと、疲れて休んでいた一行は近くからドンカラ、ドンドン、ヘイ、ヤア!と元気なお囃子と声が聞こえてきた。

うば御前は恐る恐る「何か」と聞き、「どうも村祭らしゅう存じまする」と告げ、「えっ村祭りかや」と一行に笑顔が流れた。

うまく調子を合わせて飾りを着けた太刀を打振り踊る様(花取踊)は落人たちにとってこよなきの慰めとなった。

うば御前は幸太郎に「幸太郎やこの人里のどこかに身を隠しては」とささやき、この里に隠れることとなった。

親切な村人の協力を得て野稲尻山滝の奥に隠れ、小家を建てうば御前を移し、幸太郎は江川の里に入り百姓に扮してうば御前を守り、他の従者も点在しながら農耕につかせた。

独身で美男子である幸太郎が、この里の姫百合と噂されていたお君を知ったのは翌年の春ごろだった。

若き二人の恋心を止められるはずもなかった。

しかし、水飲み百姓で昔堅気のお君の父親は「おいお君百姓の子は百姓だ、身分を知れ」と頑として娘を許さなかった。

一方、隠れ小家では「御前様」と慕う近在の若者や女性たちに人の世の道を説き、詩歌茶道等を手ほどき教えてやさしい御前だった。

3年後、うば御前は病の床に伏し、この世を去っていった。

このころになると敵方の隠密による平家残党に対する詮議が厳しくなり身の危険を感じるようになった幸太郎は、己の危難よりも何の罪もない里人達に難儀が波及することを恐れ、江川の里を引揚げようと決意した。

幸太郎はお君に仔細を語ったが、愛し合っている二人の慕情の炎は燃え上がるばかりで、毎夜のように親の眼を盗んで川端の砂河原の岩陰で逢瀬を楽しみ、いつしか駆け落ちを約束してしまったのである。

約束の日、お君が恋心を躍らせ風呂敷包みをもって我が家の雨戸をあけた…物音に目覚めた母が「お君今刻どこへいくぞな、その包は?」常にやさしい母の言葉も鋭かった。

その一言に返す言葉もなくお君は立ちすくんでしまった。

逃避行の夢は無残に崩れ去り、父母の監視も厳しくなった。

この噂は村中に広がり、さすがに幸太郎も肩身を狭くし、永住するのにしのびなくなった。

お君を連れ出す勇気もなく愛人のお君の多幸を祈りつつ江川から姿を消した。

幸太郎の消息は明らかでないが、関所に捕らわれの身となり非業な最後を遂げたとか言われている。

幸太郎の失踪を知ったお君は夜となく昼となく泣き続けた。

生きる希望をなくしたお君は死を決意するようになった。

晩秋の夜更、眠りに落ちた両親に涙ながらに別れを告げ、思い出の砂河原を恋人と手を取り語り合った一つ一つを思い出し心行くまで泣いた。

河岸の絶壁によじ登った。

岩肌に「背子去りて縋るものなきうつそみの 胸いたき恋水に沈めむ」と書き、眼下に青黒くたたえる深渕に身を跳ねらせたのである。

松の根元に脱ぎ捨てられた真紅の鼻緒をつけた草履が悲恋を物語っていた。

誰が名づけるでもなくこの渕を「君が渕」と呼ぶようになり、お君を慰める祠が建てられた。

慕われた御前は死後神として氏神にまつられるようになった。

従者たちは末永くこの地にとどまって平家部落と称する平家の村がいつのころか半に替わり半家村と呼ぶようになったという。

西土佐村史より抜粋

今でも残るもの

平家落人から始まった恋物語なのですが、悲しく儚い結末となりました。

今でもその名残が残るものがあります。

地域のお祀り

今でも君が渕の上にはが残り、今では本村と言われる地域の人々が1年に1回お祀りしています。

君が渕周辺は駐車場が整備され、春になるともきれいに咲き誇ります。

花取踊り

御前様が見て癒されたという花取踊りは今でも半家集落の人々が踊り繋いでいます。

この踊りは伊予から伝わってきたと言われ、昔は西土佐村の秋祭りで踊らないところはないほどメジャーな踊りでした。

鍾打ち、太鼓打ちを中心にして車座に小太刀や大太刀などをもって音に合わせて踊ります。

この物語が平安時代ですから花取踊りはもっと古くからあったのでしょう。

歴史を調べると面白そうですね☆

御前様の遺跡

うば御前を祀っていた遺跡が野稲尻に残っているということでした。

地元住民に聞くと、今は誰も住んでいない野稲尻ですが、昔は家があったらしいです。

遺跡のことを聞くと

地元住民
地元住民

山の上にあるらしいけど、「らしい」ということだけで地元住民は誰も行ったことがないと思う。

小さい時から野稲尻は怖いところだと言われてきてね。

あまり近づきたいと思わんのよ。

平家の落人が住んでいたというけど、その怨念があるとか。

山の上まで行くにも道があるもんじゃないし、祟られるぞ、あんまり近づくなよ。

これまた怖い話になってきました。

御前様は素敵な方だったようですが、他にも逸話がありそうです。

野稲尻は怖い場所?

小耳にはさんだところによると、お姫様が幽閉されその怨念が渦巻いているとか・・・

霊感が強い知り合いが野稲尻で怖い体験をしたそうです。

夜、野稲尻の前を車で通ると、誰もいないはずのところでたくさんの人が集まっていたのが見えたそうです。

その後、車の警告ランプが点滅し始め、何もおかしなところがないのに消えなかったそうです。

おかしいなと思いつつ、ちょっとした用事を済ませもう一度帰りに同じところを見ると、あんなに集まっていた人が誰もいなくなっていました。

数十分程度の間にあんなにいた人がいなくなるのはおかしいですし、近くによく考えると車も止まっていませんでした。

人が集まっていたところはお墓の前だったとか。

恐ろしや…

君が渕の話からいろいろと広がっていく不思議なお話…

長くなってきたのでまた次のレポートでお会いしましょう☆

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